沖縄本島最北端の有人島、伊平屋島。
コバルトブルーの海に抱かれたこの「てるしの(太陽神)の島」を訪れると、都市部とはまったく異なる、ゆったりとした時間の流れを感じることができます。
その時間の流れを司るもの…それは、私たちが日常使う太陽暦(新暦)のカレンダーだけではありません。
ここ伊平屋島では、今もなお、「旧暦(太陰暦)」が人々の暮らしと精神文化に深く根付いています。
なぜ旧暦なのか。
それは、この島が海と共に生きてきた島だからです。
月の満ち欠けは、潮の満ち引きと直結しています。それは漁師たちの出漁のタイミングを決め、海の幸の恵みをもたらす、命のサイクルそのものです。
そして、その月のサイクルは、島の大切な「神事(かみごと)」のリズムそのものでもあります。
この記事では、伊平屋島で今も厳格に守られている旧暦の行事と、それを支える月や潮との深いつながりについて、深く掘り下げてみたいと思います。
すべての基本。月のリズムで祈る「朔望(さくぼう)」の拝み
伊平屋島、そして沖縄の伝統的な暮らしにおいて、祈りは日常の一部です。
多くの家庭には「ヒヌカン(火の神)」と「トートーメー(御仏壇=ご先祖様)」があり、日々の感謝と家族の健康を祈ります。
その祈りの基本となるのが、旧暦の「チィタチ(一日)」と「ジュウグニチ(十五日)」です。
これは何を意味するのでしょうか。
旧暦の一日は、すなわち「新月(しんげつ)」、月が姿を消し、新たなサイクルが始まる日…
そして、旧暦の十五日は「満月(まんげつ)」、月が満ち、その力が最大になる日…
新月と満月、つまり月の「朔望(さくぼう)」に合わせて祈りを捧げることを、沖縄では「朔望(さくもう)への拝み」と呼びます。
人々は、炊きたてのご飯(ウブク)やお酒、お茶をヒヌカンやトートーメーに供え、手を合わせます。
「今月も家族が健康でありますように」
「海の恵み、畑の恵みをありがとうございます」
伊平屋の暮らしの根底には、まずこの「月の満ち欠け」という宇宙のリズムに自らの生活を同期させる、壮大な自然観が流れています。
(伊平屋でも、毎月旧暦一日と十五日には各集落のお宮にて「ウチャトー」といって、祭壇にお茶とお酒、神様の食べ物、感謝の祈りを捧げています。)
春の潮、身を清める女性たちの「浜下り(はまうり)」
旧暦が生活に根付いていることを象徴する、最初の大きな行事が春に訪れます。
旧暦3月3日。桃の節句、ひな祭りの日です。
本土では女の子の健やかな成長を願う日ですが、伊平屋を含む沖縄の離島や沿岸部では、これは「浜下り(ハマウリ)」または「サングヮチ(三月)遊び」と呼ばれる、女性にとって非常に大切な日です。
この日、女性たちは重箱に詰めたご馳走(ウサンミ)を持って、連れ立って浜辺へ向かいます。
そして、浜辺で手足を海水に浸します。
これは、ただのピクニックではありません。
春の大潮(旧暦3月3日は必ず大潮の時期にあたります)の清らかな「潮水(うすみず)」で、冬の間に溜まった穢れ(けがれ)を祓い、身を清め、無病息災と健康を祈願する神聖な儀礼なのです。
月の引力によって引き起こされる「潮の満ち引き」という自然現象が、人々の健康を祈る行事と分かちがたく結びついている。旧暦の知恵が息づく、美しい風習です。
夏のクライマックス。神々を迎える旧暦七月の神事
伊平屋島の旧暦行事が最も荘厳に、そして神秘的に盛り上がるのが、夏の旧暦七月です。
新暦の8月下旬から9月頃にあたることが多いこの時期、島は神々を迎える準備に入ります。
すべての始まりは旧暦7月15日の「旧盆(きゅうぼん)」です。
ご先祖様(ウヤファーフジ)の霊を家庭に迎えるこの数日間は、島全体が静かな祈りに包まれます。
そして、ご先祖様の霊をお送りした(ウークイ)直後から、島の神事はクライマックスへと向かいます。
その中心となるのが、伊平屋島北部の田名(だな)集落で執り行われる二大祭祀、「ウンジャミ」と「シヌグ」です。
1. ウンジャミ(海神祭) — 旧暦7月17日
旧盆明けの旧暦7月17日(またはその前後)に行われる「ウンジャミ(海神祭)」は、伊平屋島で最も重要かつ神聖な神事の一つです。
これは観光のための祭りではありません。島の人々が、海の彼方にある理想郷「ニライカナイ」から来訪する神々を迎え、もてなし、そして五穀豊穣と豊漁を祈願するための、厳粛な「祭祀(さいし)」です。
この祭祀の主役は、女性たちです。
島の神職である「ノロ(祝女)」や「神人(カミンチュ)」と呼ばれる女性たちが、純白の神衣装に身を包みます。
祭祀は「神迎え(カンムカエ)」から始まります。御嶽(うたき)と呼ばれる聖地で神々を迎え、神アシャギ(神を祀る小屋)で神歌(オモロ)を捧げ、神遊び(カミアシビ)と呼ばれる儀礼を行います。
特に有名なのが、祭祀の前夜(旧暦7月16日)の風習です。
神役の女性たちが集落の家々を訪れ、魔除けのススキを配って回る際、「男性は一切家の中にいてはならない」という厳格なタブー(禁忌)があります。
男たちは幼児に至るまで、夜通し公民館や友人宅に身を寄せます。これは、神聖な神事が女性たちの手によって、清浄な空間で執り行われることを示しています。
「ウンジャミ」は、別名「ウナイウガミ(姉妹の拝み)」とも呼ばれます。海に生きる島において、女性(姉妹)の霊力が共同体の繁栄を守るという、古い信仰の形を今に伝えています。
(現在の田名ウンジャミは、略式で行われ前夜の行事は省略されております)
2. シヌグ — 男性の祭り
ウンジャミが「女性(ウナイ)」の神事であるのに対し、その対となるように行われるのが**「シヌグ」**です。
これは「男性(ウキー)」の祭り、「ウキーウガミ(兄弟の拝み)」と呼ばれます。
ウンジャミが海の神々への祈りである一方、シヌグは山に入り、集落の災厄を祓い、子孫繁栄や子供の健康を祈願する祭りです。
男性たちが山からカズラ(植物のツル)を体に巻きつけて現れ、集落を練り歩く勇壮な姿は、内にこもるウンジャミの静かな祈りとは対照的です。
この「ウンジャミ(女性・海)」と「シヌグ(男性・山)」という二つの祭りが、旧暦七月という神聖な時期に両輪となって行われることで、島の共同体全体のバランスが保たれ、新たな季節への生命力が更新されていくのです。
3.豊年祭について ~感謝と祈りを芸能にのせて~
旧暦七月の「ウンジャミ」や「シヌグ」が、神々と向き合う厳かで神聖な「祭祀」であるとすれば、旧暦八月(主に旧暦8月15日の前日、前々日)に島内各集落で盛大に行われる「豊年祭(ほうねんさい)」、通称「八月遊び(ハチガツアシビ)、十五夜遊び(ジュウゴヤアシビ)」は、まさに島が一年で最も華やぐ「ハレ」の祭典です。
この祭りは、その年の五穀豊穣(特に稲作の収穫)を神々に感謝し、来年のさらなる豊作と集落の繁栄、無病息災を祈願するために行われます。
「遊び(アシビ)」という言葉が使われていますが、これは単なるレクリエーションではありません。沖縄の古い言葉で「遊び」とは、神々と共に楽しむこと、すなわち「神事としての芸能」そのものを指します。
祭りの当日は、まず御嶽(うたき)や神アシャギで神聖な祈りが捧げられます。その後、夕刻からは公民館などに設けられた特設舞台で、島の人々が稽古を重ねてきた数々の奉納芸能が、夜更けまで華やかに繰り広げられます。
その内容は多彩を極めます。勇壮な若者たちが五穀豊穣を願って力強く踊る「棒踊り」、優雅な「琉球舞踊(琉舞)」や「雑踊り(ぞうおどり)」、そして圧巻は、本格的な沖縄の伝統歌劇である「組踊(くみおどり)」です。国の重要無形文化財でもある組踊が、専門家ではなく島の人々の手によって、何ヶ月もかけて準備され、演じ継がれている事実は、伊平屋の文化的な層の厚さを物語っています。
神々への感謝を、人々が一体となった最高の「芸能」という形にして捧げる。豊年祭は、島の誇りと喜び、そして祈りが結実する、最も美しい時間の一つなのです。
月と共に生きる島
伊平屋島において、「旧暦」とは単なる古いカレンダーではありません。
それは、「月の満ち欠け」という天体のリズムであり、
「潮の満ち引き」という海の呼吸であり、
そして、「ニライカナイの神々」**との約束を交わすための、神聖なタイムスケジュールそのものです。
旧暦3月3日の大潮で身を清め(浜下り)、
旧暦7月15日にご先祖様を迎え(旧盆)、
旧暦7月17日に海の神を迎え(ウンジャミ)、
そして、毎月旧暦の一日(新月)と十五日(満月)に、家族の健康と日々の恵みを祈る(朔望のへの拝み)。
現代の生活がどれほど便利になろうとも、伊平屋島の人々は、この壮大な自然のサイクルと共に生きる知恵を、神事という形で大切に守り続けています。
島を包む深い夜、海を照らす月灯りを見上げるとき、私たちは、人間がかつて自然の一部であった頃の記憶を呼び覚まされます。伊平屋島の暦は、その記憶を今に伝える、生きた道しるべなのです。
